第16回 創立五十周年を記念して 〜行田の街と歩く半世紀〜
私は、行田町に住んで60年になる。昭和30年代頃は通信の要として無線塔がそびえ立ち、地域のランドマークとして親しまれていた。
昭和51年、行田の街は大きな節目を迎えた。戦後の宅地造成が進み、行田団地には若い家族が移り住み、商店街には子どもたちの声が満ちていた。そんな中で、行田東小学校・行田西小学校・行田中学校の三校が同時に開校し、地域は一気に「育つ街」へと歩み出した。今年、この三校は創立五十周年を記念して、半世紀の歩みを振り返りながら新たな未来へと向かって「記念誌」を発行した。
行田・行田町の成り立ちをたどれば、街は常に変化を受け入れながら成長してきた。無線塔の跡地は行田公園として整備され、今では緑と空が広がる憩いの場となっている。そして行田西公園の一角には、かつての塔が見守ってきた時代の記憶が静かに息づいている。
また、行田の歴史を語るうえで欠かせないのが諏訪神社である。古くから地域の守り神として親しまれ、町会活動の中心としても大切な役割を果たしてきた。境内の木々は、行田周辺の自然とともに、街の移り変わりを静かに見つめ続けている。


小中学校、団地、公園、神社、税務大学校、そして遺跡群が織りなす風景は、「行田周辺歴史・自然さんぽ/6枚の地図で見る行田周辺の移り変わり」(※)を手元に携えて歩けば、まちの移り変わりを肌で感じられる物語そのものだと思う。
半世紀を経た今も、昭和51年に芽生えた地域の絆は、変わらず行田の街を支え続けている。
By hiroyan
(※注)出典:50周年記念誌(行田東小/行田西小/行田中)
著作者:山本 稔氏(船橋地名研究会:掲載承諾済)
